カテゴリー「208池波さんの周辺の人びと」の記事

2007.04.03

脚本家・野上龍雄さん

2007年4月6日(金)の午後9時から、2時間スペシャル『鬼平犯科帳』の[一本眉]が放映される。

H130中村吉右衛門さん=鬼平のレギュラーでは、1989(平成元)年9月20日に放映されている。
プロデューサー:市川久夫さん・能村庸一さん(フジテレビ)
脚本:野上龍雄さん
監督:田中徳三さん
題名は[一本眉]だし、〔清洲(きよす)〕の甚五郎が主役だったが、ストーリーは、[〔墨つぼ(すみつぼ)〕の孫八]から借りられていた。

_13_130推察するに、原作の[一本眉]はとてもよくできた話なのだが、いかんせん、内容のほとんどが本格派〔清洲〕の甚五郎一味と、急ぎばたらき派の〔倉渕(くらぶち)〕の佐喜蔵一味の盗みの先手争い(?)で、長谷川平蔵組からはコメディ・リリーフ役の同心・木村忠吾がちらっと出て、〔一本眉〕に酒肴をおごられるだけ。

彦十、おまさ、粂八、伊三次の出番がない。
これでは、鬼平テレビとして鬼平ファン視聴者が納得すまい---とおもんぱかったのではなかろうか。

もう一つ愚考を加えると、木村忠吾は、小なりといえども、中央官庁・徳川幕府の役人=火盗改メの同心である。
その忠吾が、双方が互いの身分を知らないとはいえ、盗賊に酒肴をおごられるのは、役人に清廉をもとめる現代の庶民感覚からいって、だらしがなさすぎると判定されたか。

一方の〔墨つぼ〕の孫八は、「通り名(呼び名)」からも察しがつく、大工上がりの盗賊の首領(かしら)だが、難病で死ぬだろうという恐怖感にとりつかれている。
長谷川組とのつながりは、かつて引き込みに使ったこともあるおまさを介してついている。

そこで、プロデューサーから、脚本の野上龍雄さんへ、〔清洲〕の甚五郎の〔一本眉〕に、〔墨つぼ〕の孫八の身上(しんじょう)をかぶせて物語がつくれないかとの依頼があったのであろう。

野上龍雄-Wikpediaによると、1928年の東京府生まれ。テレビの『鬼平犯科帳』には、松本幸四郎(白鸚丈)=鬼平のときからずっと脚本を担当している大ベテランの一人。

もっとも、[一本眉]の製作は中村吉右衛門さん=鬼平のときのみ。野上さん59歳、円熟期に書いたもの。

今回のスペシャル番組化では、かつての1時間ものだった脚本を倍の2時間にのばすため、木村忠吾がおごられる湯島天神裏門の居酒屋〔次郎八〕の場も加えられた。

前の〔清洲〕の甚五郎役は故・芦田伸介さんだったが、こんどは宇津井健さん。

野上さんの仕事歴は、野上龍雄 (ノガミタツオ) - goo 映画で一覧できる。赫々たる業績である。

2時間スペシャル『鬼平犯科帳』の[一本眉]、期して待つべし。

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2007.03.28

池波さんと島田正吾さん

Photo_325島田正吾さんが、中村吉右衛門丈=鬼平のテレビ[血頭の丹兵衛]で、〔蓑火(みのひ)〕の喜之助を演じている。
粂八(くめはち)は蟹江敬三さん。

原作と異なるのは、東海道・三島宿に潜む日下武史さんの〔血頭(ちがしら)〕を捕えるために、鬼平も出向いているところぐらいだろうか。

唐丸駕籠に乗せられて東海道を下っている〔血頭〕よりもひと足先の鬼平と粂八が、さつた峠の茶店で休んでいると、京へ上る〔蓑火〕が入ってくる。
〔蓑火〕は、粂八がいまも〔野槌(のづち)〕の弥平一味にいるとおもいこんでいるから、連れの鬼平をただの浪人と信じて、煙管の火を借り(大盗賊と火盗改メの長官が火の貸し借りをする、これが原作にはない脚本の一つの見せ場)、話しかける。

「江戸では、ご大層な名前の--ほら、鬼のなんとやらいう---」
「鬼の平蔵」
「それそれ---」
と、鬼平の鼻を明かしてやったよと、芝口2丁目の書籍商〔丸屋〕でのいたずら盗(づと)めを自慢する。

そして、こんどは台本では鬼平がいうことになっているセリフ---「犯さず、殺さず、貧しきからは盗まず」を、自分も粂八にいいたいと、高瀬昌弘監督へ強請した。
吉右衛門丈の快諾が出たおかげで、ぼくたちは、両名優の同じセリフまわしを堪能できた。

それはそれとして、島田正吾さんに、1974年6月に歌舞伎座の楽屋で書いた、[池波さんのこと]という巻末解説が『青春忘れもの』(中公文庫)に添えられている。名エッセイといえる。

池波正太郎という名前をぼくが初めて耳にしたのはいまから三十年ばかり前、長谷川伸先生の高輪のお宅で、先生のお口からである。(略)
「二十六日会--脚本勉強会--に、安房君の弟みたいな新入生がいるよ。下谷保険所の職員で池波正太郎君というんだが、ものになりそうだよ」

安房青年は、島田さんの家に居候しながら、二十六日会のメンバーとして脚本の勉強をしていたのだが、早逝した。その弟みたいといわれたので、島田さんは一見もしていない池波青年に手紙を書いている。

「長谷川先生があなたのことを賞めていましたよ。どうぞ頑張ってください」
それだけの簡単な文面だった。余白に、その上演していた芝居の、舞台姿を絵にしてかき添えたと憶えている。

受け取って、どんなに嬉しがり勇気づけられたかは、さすがに気はずかしいかして、池波さんは書いていないが、ぼくたちは想像できる。ご両人の縁の糸は、こうして結ばれた。
その後の親密な交わりの次第は、池波さんのエッセイにしばしば出てくる。

池波さんとぼくとは、これから先もひょっとしてまた、芝居のことで意地っ張りの喧嘩をするようなことがあるかも知れない。
お互い惚れ合っているくせに、ときどきふっと憎ったらしくなるなんて、まるで男同士の鶴八鶴次郎みたいな池波さんとぼくだなあ---と思うことしきりである。

ふと、思った。池波さんは、島田正吾さんを長谷川平蔵に見立てたことはなかったかと。すくなくとも、丹波哲郎さんより、ふさわしかったのでなかろうか。

Photo_3241905年生まれの島田さんは、18歳若い池波さんよりも長寿を保ち、2004年11月26日に98歳で逝った。

翌日の朝日新聞の切り抜きが文庫のあいだから出てきた。
ぼくは、ふつう、訃報記事は残さない。島田正吾さんは例外中の例外である。テレビ[血頭の丹兵衛]の名演が切りぬかせたのである。

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